グラナート・テスタメント・シークエル
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男は、玉座のある己が部屋へと戻ってきた。 部屋の様子は、男が部屋を出ていった時から、何一つ変わっていない。 にもかかわらず、男は『変化』に気づいた。 「なるほど……」 男は玉座に腰を下ろすと、虚空を見つめる。 「……あなたですか、ミーティア」 そして、『話しかけ』た。 「あ、流石にバレた?」 幼い少女の声が『答え』る。 直後、虚空に巨大な水晶玉に乗った幼い少女……ミーティア・ハイエンドが出現した。 「……何の用ですか? あなたとは別に因縁は無いと思いましたが……ファントムとしてクリフォトを全て討つとでも……?」 男は、悪い冗談ですねといった感じで微笑する。 「まさか」 ミーティアも同じような微笑を浮かべた。 「では、何の用ですか?」 「……まあ、ちょっとした挨拶だよ。何故か、ミーティアだけはすんなりここまで来られちゃったしね〜」 「そうですか……一応、メアリーさんが門番のようなことをしてくれていたみたいなんですけどね……」 男が頼んだわけではない……おそらく『彼女』の命、望みを叶えるために行っていたのだろう。 『彼女』が望む遊戯、見たい茶番へと事態を展開させるための調整……。 「メアリーとはお友達になったんだよ。それで、あなたと戦わない、お話するだけと約束したら通してくれたの〜」 「なるほど……納得いきました。で、話というのは?」 「うわ……つれないな……ううん……実は本当は特に話はないんだよ」 ミーティアは、てへへっといった感じで可愛く笑ってみせた。 「……なんですか、それは……」 「だから、さっきも言ったように……ただの挨拶だよ。再会の……そして、多分お別れのね……最後にあなたに一目会っておきたかったの♪……とか言ったら可愛い? 萌え萌え〜?」 「…………」 男は苦笑を浮かべると、呆れたように溜息を吐く。 「あ、酷いな……ミーティア、これでもあなたのことは結構好きなんだよ……悪趣味なことにね」 「それはそれは……素敵に悪趣味ですね」 「まったくだよ。魔族や悪魔よりも邪悪で質の悪い……最低最悪の男を気にいっちゃうなんてね、ミーティアもどうかしているよ」 「ええ、本当にどうかしてますね」 「だね」 ミーティアと男は顔を見合わせると、笑い合った。 恋でも、愛でもない。 だが、ミーティアと男はなぜか気が合った。 それは、この男の手によって組織と兄を失うことになった……今でも変わらない。 「本当に悪趣味だよ……」 悪趣味の極みなことに、ミーティアは、この男の『最悪』な部分……一欠片の優しさも甘さも迷いも持たないところを……どうしようもなく気に入っているのだ。 自分には絶対にできない何物にも縛られない生き方に憧れているのかもしれない。 「じゃあね、ミーティアはそろそろ行くよ。あなたにやられたティファを回収しなきゃいけないし……」 「おや、ご存知でしたか?」 「メアリーにだいだいのことは聞いたよ。ティファを完全に滅さないでくれたことは……一応ありがとうと言っておくね」 「いえいえ、ただの気まぐれですので礼は不要です。その代わり……」 「解っているよ、もうティファはあなたにつきまとわせない……因縁は断ち切られた……決着はついたんだから……」 「ええ、お願いしますね。私はもうティファレクトさんには何の興味もない……彼女と『遊ぶ』気もありません」 「それに、もうあなたへの憎しみという支えがなくても、ティファは生きていけるものね」 ミーティアはクスリと少し意地悪げに笑った。 「…………」 男はそれには答えない、何の反応も見せない。 「それじゃあね、マルクトが来る前に……お邪魔虫になる前に行くね……バイバイ、知恵を司る黒天使」 「ええ、さようなら、深淵の姫君」 おそらくもう二度と会うことはないと確信していながら、ミーティアは欠片の未練も見せずに、男の前から消え去った。 「ある時は、チャイナ(中華風)な美少女格闘娘、銀朱・ツァーカブ・バール〜♪」 イェソド・ジブリールは銀朱……若々しい女の子の声で言った。 「またある時は……炎の悪魔……」 突然、大地から噴き出した紅蓮の炎がイェソドを包み込む。 「……悪魔王エリカ・サタネル……」 イェソドは一瞬で灼き尽くされ、別の姿……炎の翼を持つ悪魔の王が現れた。 「しかして、その実体は……」 悪魔王エリカ・サタネルが、先程イェソドを灼き尽くしたのと同じ紅蓮の炎に呑み込まれる。 「……元ファントム十大天使が第十位基盤のイェソド・ジブリールですよ〜♪」 紅蓮の炎が消え去ると、ワインレットの扇情的なドレスを着こなした赤毛の熟女イェソド・ジブリールが姿を見せた。 「お久しぶりですね、マルクトちゃん〜」 気怠げで、色気のある……そして好意的な声と口調でイェソドはマルクトに話しかける。 「……イェソドの方が仮の姿じゃないのか……悪魔王……?」 イェソドの正体……実は悪魔王だということなどは、ルーファスから聞いて知っていた。 「あははーっ、マルクトちゃんにとっては悪魔王の方は縁がまったくないかと思って……それに『分体(ぶんたい)』だと悪魔王の姿は消耗が激しすぎるんですよ〜」 「分体? 分身ではなく?」 「まあ、、意味的には似たようなものですけどね……シャヘルの火の粉……悪魔王エリカ・サタネルがこの世全ての炎を司るグレート・ファイアとでもいった存在だとしたら……銀朱も、イェソドも、その炎の火の粉一つ分の力から作られた『化身』に過ぎないんですよ〜」 「火の粉一つ……」 大きい、非常識なまでに大きな存在だ……悪魔王と言うのは……。 今、マルクトの前に居る火の粉一つが……自分と互角、あるいは凌駕する力を持つかと思うと……マルクトは己の存在の小ささを感じずにはいられなかった。 「例えあなたがどれほど次元の違う存在であろうと……道を阻むというのなら……私はあなたを斬り潰して先へと進みます……」 マルクトは腰を沈め、右手を刀の柄にそっと添える。 「まあまあ、そう逸らないでくださいよ〜。ちなみに、分身というのは……」 イェソドが左手を、天井の大穴から覗く空へとかざした。 「来い、煉獄の炎帝!」 イェソドの叫びに応えるように、天から赤い炎が降り立つ。 赤い炎の正体は、床に深々と突き刺さった鮮褐色の剣だった。 カーディナルが使っていた剣によく似ているが、微妙にデザインが違う。 鮮褐色の剣は刀身の根本に穴が穿かれいて、亀裂が拡がりだしていた。 「……まさか……その剣は……」 「ええ、あなたがさっきまで戦っていた相手ですよ〜」 イェソドが剣の柄を左手で握り締めると、刀身が深紅色に染まると同時に紅蓮の炎が噴き出し、彼女を包み込む。 「……ふう、やっぱりこの姿が一番フィットしますね」 炎が晴れると、荒れ狂う炎のような赤い長い髪、情熱的な赤い瞳、若く健康的な白い肌、スレンダーなボディスタイル、体にフィットした赤い衣を身に纏った十四歳ぐらいの少女が深紅色の剣を構えて立っていた。 イェソド・ジブリール第二形態……十四歳ヴァージョンとでもいった感じの戦闘形態である。 「熟女形態だと体が弛んでいて怠いんですよね。かといって、悪魔王の姿だと存在しているだけで物凄く消耗するし……やっぱり、この美少女形態が一番楽で動きやすいですね」 「……美少女……」 確かに、今のイェソドの姿は誰が見ても間違いなく美少女だと言うだろうが……自分で名乗るのはどうかとマルクトは思った。 「さて、さっきの続きだけど……この剣の名は『カーディナル』……私が自分の肋骨一本から生み出した『分身』とも言うべき最強の炎の剣にして、最愛の『娘』です」 「……最強の剣……最愛の娘……」 つまり自分は、彼女の骨一本と死闘を演じていたというわけか……。 「……滑稽な話ですね……」 「分体は人間で言えば細胞一つのようなものからできた化身ですけど、分身……カーディナルは独自の意志、自我を持った『別人』です。だから、彼女は……私が一人で、お腹を痛めて産んだ愛する娘なんですよ」 イェソドが愛おしげに刀身を右手で撫でると、マルクトの天獄によって穿かれた穴が綺麗に塞がった。 「なるほど……原初の男が己が肋骨から女……伴侶を生み出したように、あなたは一人で娘を生み出したのですね……」 「ええ、だって私、永遠の処女ですから〜♪」 「…………」 「基本的に私、男って大嫌いなんですよ。天使時代の恋人も、悪魔王になってからの恋人も可愛い女の子ですしね〜♪」 「…………」 マルクトは何も答えない……というか、口の挟みようがない話題である。 「あっ、もしかして私のこと淫乱な熟女とか思ってました? 酷いですね……分体でだって、交わるのは、ラツィエル……あなたの言うところのコクマぐらいなんですからね! 一途なんですよ、これでも〜♪」 「んっ……コクマ様……いえ、コクマ……」 彼女……イェソドとコクマが爛れた男女の関係であることは察していた。 そして、そのことを思うと、マルクトの心は、自分でもよく解らない感情に支配される。 「……なぜ、コクマさ……あの方は特別なのですか? あ、あい……愛しているのですか……?」 「あはっ、気になりますか?」 イェソドは悪魔に相応しいとても意地悪な笑みを浮かべる。 「……いえ……別に……その……」 「本当に可愛いですね、マルクトちゃんは〜♪ 心配しなくても、あなたのコクマを取ったりしませんよ〜♪」 「だ、だ、誰が何で、あれですか!?」 「あはははは〜っ♪ 意味不明ですよ、マルクトちゃん〜♪ もう本当に可愛いいんですから〜♪」 イェソドの声と口調は心底楽しげだった。 「う〜……」 マルクトは何も言い返せずに唸る。 「まあ、安心してください。私は別に『コクマ・ラツィエル』とどうこなるつもりはありませんから。ただ単に『ラツィエル』と古馴染みなだけですよ」 「古馴染み……ラツィエル……?」 天使サンダルフォン本人であるマルクトや兄ケテル・メタトロンと違って、他のファントム十大天使は、天使核を埋め込んだ存在……天使の能力だけを略奪したような存在だった。 ここでイェソドが言うラツィエルとは、コクマが力を略奪した天使の名のことを差していると思われる。 「ああ、ラツィエル……コクマ・ラツィエルはただのファントム十大天使とは根本的に違いますよ。彼には天使核なんて埋め込まれていませんから」 マルクトの考えていることを察したのかのようにイェソドが言った。 「えっ?」 「考えてもみてください。彼は天使核なんて生み出す遙か前、ファントム結成以前、アクセル・ハイエンドと初めて会った時にはすでに今の彼だったのですよ」 「…………」 「コクマ・ラツィエルというのは、虚無の皇子ルヴィーラ・フォン・ルーヴェと黒天使ラツィエルが『融合』して生まれた存在なんですよ。遙か大昔にね……」 「融合……天使核に埋め込んだ天使の力を奪うやり方ではなく……本物の融合なんですね……」 「ええ、今あなたが想像している通りの融合です。他者と混ざり合い別の存在へと生まれ変わる禁忌の行為……」 「…………」 融合、それは神族、魔族、悪魔、天使問わず、あらゆる高次元存在の間で禁忌、禁断とされている行為である。 もっとも例え禁じられていなくても、行おうとするものは滅多にいないはずだ。 なぜなら、融合とは自らの全てを捨てる行為だからである。 肉体だけではなく、己の意識……自我といったモノが融合相手に奪われるか、混ざり合って消滅する危険性を孕んでいるのだ。 ある意味、自殺、自滅と変わらない行為なのである。 融合など行うのは、自分を捨ててまで、強さを、さらなる高みを目指す愚か者だけだ。 「フフフッ、何も知らないんですね、彼のことを」 「…………」 赤い悪魔は意地悪げな微笑で銀色の天使をからかう。 「さてさて、では私は観客席に戻るとしますか……」 「えっ?」 突然にして一瞬の出来事だった。 轟音の響く中、イェソドの炎の剣(カーディナル)とマルクトの凛(刀)が交錯している。 イェソドは一瞬で間合い詰め炎の剣を振り下ろし、マルクトもまた一瞬で刀を抜刀しそれを受け止めたのだった。 「あはは〜っ♪ 良い感じですよ〜♪ どうか私に、最高の愛憎劇を見せてくださいね♪ 期待していますよ〜♪」 イェソドはあっさりと炎の剣を引き戻すと、マルクトの隣をスキップで通り過ぎていく。 「なっ、待っ……」 「ああ〜、引き留めちゃ駄目ですよ。この手であなたと遊びたく……殺したくなっちゃうじゃないですか……」 足を止めたイェソドの背中から、尋常でない殺気と闘気が溢れ出した。 「くっ……」 「……フフフッ、でも今回は我慢しますよ……だって、見たいですから、あなたと彼の決着を……」 殺気と闘気が一瞬で完全に消失する。 「……もし縁が合ったら……今度は直接私を楽しませてくださいね……一緒に果てるまで遊びましょう〜♪ なんならベッドの上の遊びでもいいですよ、あははははははははは〜っ♪」 イェソド・ジブリールは紅蓮の火柱に転じると、燃え尽きるようにして消失した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |